事業別採算から事業の撤退を判断する際に起こりやすいミスリード

2020年01月10日 / 最終更新日 : 2019年12月03日

こんにちは、中小企業診断士の山田盛史です。
管理会計において事業別の採算から経営資源をどの事業に重点的に配分するか、もしくは事業を徹底するかといった判断を行いますが多くの事業者様が誤った判断をしているケースに直面します。
今回は管理会計における事業の撤退判断の妥当性について考えたいと思います。


管理会計における事業別の採算管理とは

まず事業別の採算管理とはどのように行うかという点について解説をします。
端的に言えば、各事業セグメントを決定してセグメントごとに売上と費用を分けて管理するという事になります。

※セグメント管理についてはこちらの記事を参照

一般に売上はセグメントごとに明確に分けることができますが費用は明確に分けられないものが多々あります。
具体的には変動費はセグメントごとに分けることができますが固定費は分けられない科目が多々存在しています。

※固定費と変動費についてはこちらの記事を参照

例えば、地代家賃です。仮に3つの営業所がある企業であれば営業所毎の地代家賃は明確に分けることができ営業所毎の地代家賃を出せますが、1つの営業所しかなく1営業所で複数の事業を行っている場合はどうでしょうか?
明確にセグメントごとの地代家賃を算出することは困難ですね。
また別の例を挙げれば社長の役員報酬なども分けることができません。
社長は全事業の執行責任を負うため個別のセグメントに費用を分けることは出来ませんね。

なお、このように明確に分けることができる固定費を個別固定費と呼び、分けることができない固定費を共通固定費と呼びます。

このような共通固定費を分けたいと思った場合に配賦という考え方を用います。
配賦とは配賦基準と呼ばれる、ある基準をもとにセグメントごとに費用を分けるということです。
一般に配賦基準は売上高、人員数などがあります。科目ごとに配賦基準を分けることもあり例えば地代家賃や建物減価償却費であれば占有面積比などがあります。


赤字事業を撤退すると業績は本当に良くなるのか

共通固定費を配賦して事業別の採算管理を行うことは一見合理的に思えますが、危険な面もあります。
その最たるものは事業撤退の判断を行う場合でしょう。
以下の具体例で考えてみます。

Y株式会社のZ社長は部門別の採算管理を導入することとし、経理担当者に命じて早速部門別の損益計算書を作成してみました。
Y社の(全社)損益計算書と事業ごとの損益計算書は以下の通りです。

Y社の役員は1名で事業所は1つの事業所で3つの事業を行っています。
なお、共通固定費の配賦基準については役員報酬は各事業の売上高比率、地代家賃と減価償却費は専有面積比としています。

この資料では各事業の収益性は次のように判断できます。

A事業:営業利益はマイナスで全社利益を悪化させている赤字事業
B事業:売上高の金額はもっとも大きいが営業利益はギリギリ黒字
C事業:営業利益が最も大きく当社の利益を牽引している主力事業

Z社長はA事業は撤退した方が全社利益が改善されるのではないかと考えました。
仮にA事業を撤退すると営業利益-3,300千円がなくなるので利益改善になるはずだと思いました。
Z社長は知人のコンサルタントにも相談して意見を聞いた所、コンサルタントも赤字事業だから止めた方が良いというアドバイスを受けました。
Z社長はA事業を撤退することに決めました。

これで営業利益が増加すると思っていたZ社長でしたが、資金繰りは以前より厳しい状況となりました。
Z社長は思っていた状況と違うが何がまずかったのか分からず決算を迎え、決算書を見ると以下の状況となっていました。


営業赤字になっています。
なぜ、赤字事業を撤退したのに撤退前より業績が悪化したのでしょうか。


共通固定費を配賦することの落とし穴

業績が悪化した理由は共通固定費にあります。
事業別損益計算書を見ると役員報酬や地代家賃、減価償却費は共通固定費として配賦されています。
この共通固定費は事業を撤退したからといって無くなる必要ではありません。
役員報酬は役員報酬を減らさなければ削減されることはありません。
また給与手当についても、事業を撤退すれば事業に所属する従業員が必ずしも退職する訳ではないので削減されることはありません。
(もちろん退職するケースもあります)
また地代家賃もA事業を撤退してもB事業、C事業を行うためには事務所を解約する訳にはいきません。

共通固定費は配賦基準という企業側の恣意的な基準で勝手に分けているだけなので配賦基準を変えれば事業別損益は大きく変わることもあります。
配賦するということはこういった不確かさがあり、時として事業実態を分かりにくくさせます。

言われてみれば当たり前の事で上記の例は理解しやすいようにシンプルな内容になっているので判断はしやすいですが、実際の事業においてはより多くの科目が存在し複雑な管理になるほど実態が見えなくなり誤った判断をしてしまうケースがあります。
またコンサルタントとして支援を行っている人でも誤ったアドバイスをしているケースを見聞きすることもあります。


事業の撤退判断はどのように考えれば良かったのか

では今回の事例ではどのように考えれば良かったのでしょうか?
共通固定費を配賦せずに、撤退すれば減る費用のみを考慮して撤退後の損益をシミュレーションしてみる必要があります。

考えやすいのは売上原価と販管費を固変分解して変動損益計算書を作成してみることです。
Y社の場合は以下のようになります。

変動費は外注費と消耗品費としています。
変動費は売上高に比例して発生する費用です。
つまり事業を撤退して売上高が0になれば変動費も0になります。

この変動損益計算書を用いてA事業を撤退したと仮定してシミュレーションを行うと以下のようになります。


今回のケースでは固定費はA事業を撤退しても減らないので増減はありません。
事業によっては固定費も増減するケースがあるので事業実態に合わせて考える必要があります。

このようなシミュレーションが事前に出来ていれば営業赤字を避けることが出来たかもしれません。
共通固定費は無理に配賦せず、撤退すると削減される必要のみをもとに撤退判断を行うようにしましょう。


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